ちょっとナオ帳

なんだかまた書きたくなりました。それだけです。

「100日後に死ぬワニ」はどうなるのか。

 

朝、久しぶりにテレビ「スッキリ」を観ていたら、日めくり漫画「100日後に死ぬワニ」の作者きくちゆうきさんが出演されていた。

 

と言っても私はこのテレビを観るまで全く知らなかった。かなり反響のある漫画で、特に今日、3月20日は、そのワニが死ぬ100日目らしい。午後7時にUPされるので、主人公のワニがどうなるのか、その展開の憶測や推測が湧きたって、大注目の話題になっている。

 

「スッキリ」の出演者の方々は、今日までのワニの日常で、印象に残っている日を語っていた。とともに、本当に今日、ワニは死んでしまうのか、どのような理由で死んでしまうのか、思い思いの顛末予想が披露されていた。

 

遅ればせながら、1日目から読んでみた。4コマ漫画だからあっという間に全部読めた。何気ない1日を言葉少なく毎日日記のように綴っている。

 

1日24時間の、何を切り取って記録に残せばいいのだろう。何でもいいと言われるかもしれないが、その「何でもいい」の何を選択するのかが面倒になる。短文であってもメモであっても、漫画が書けたとしても、毎日欠かさず日常を綴ることは私には難しい。

 

99日目まで読んでみて、これ、私の1日だ!と思った日は、ワニがテレビを観て「はは」「ふふ」という笑い声が描かれている1日目とレンタルビデオで3時間半のビデオを長いなと感じながらも借りて観終わったら「あっという間だった」という29日目だ。(ちなみにこのビデオのタイトルは「END MAN」だけど、、、)

 

ワニは本当に死んでしまうのか。

 

99日目、桜の満開予想。3コマ目の「ところにり雨ですが」は「ところにより」と書くところをだが、「スッキリ」で作者自身が単純に間違えたと説明していた。しかし、「よ」がないことにも意味づけをしている読者がいるとのこと。その意味付けが今日の謎解きになるのか。

 

以前、心理学方面の先生から単純な間違いにも間違えた意味があると聞いたことがある。私は事実として「よ」がないことぐらいしか気づかない。

 

生き物は生まれた瞬間から死に向かって生きる。ワニは死ぬ運命にある。

 

この漫画を読んでいて、ふと『100万回生きたねこ』を思い出した。

 

100万回生きたねこ (講談社の創作絵本)

100万回生きたねこ (講談社の創作絵本)

  • 作者:佐野 洋子
  • 発売日: 1977/10/19
  • メディア: 単行本
 

 

100万回死んでまた生き返る、、、生き物の運命に逆らっているかのような書き出しだけれども、トラ猫は誰かの猫ではなく野良猫となり、白猫に恋をして、子どもを得て、白猫を亡くして、ようやくトラ猫自身の死を迎える。

 

「100」という数字。「死」。漫画と絵本。

 

ワニは今日1日をどのように過ごしているのだろうか。思いをはせるだけの想像力が乏しく、全くストーリーを描けない。

 

100日目、今日初めて「100日後に死ぬワニ」をTwitterで確認する。