読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ちょっとナオ帳

なんだかまた書きたくなりました。それだけです。

街で見かけた50代ぐらいの男性は何に怒っているのか!?

10日ほど前、駅の券売機で、乗り越した料金を精算するために、千円札を入れていた50代ぐらいの男性。何度も差し込むが、お札を飲んでくれない。券売機は何回もお札を吐き出した。そしたら、その人は、券売機に向かって、「この野郎、この野郎」「いい加減にしろや」「おう」「ちぇっ」を繰り返しながら、ずっとぶつぶつ。そのお札、伸ばさないと。裏向けでダメなら表で試したら・・・。

 

気がついたら、券売機を拳でドドドンと「この野郎、この野郎」と言いながら叩いていた。すると、券売機も恐怖を感じたのか、あれほど吐き出していたお札を飲み込んだ。その人は怒ったまま、小さな切符を持って、改札を抜けていった。

 

どこの会社の人だろうか。作業着は、ベージュで、「下町ロケット」の佃製作所の上着みたいじゃないか・・・。会社の名前を見てやろうと思ったけれども、スタスタと改札口から遠ざかっていった。

 

怖い。その人が怖いというよりも、自分が何よりも正しいと思っているようなふるまいが怖い。他人の視線を感じなさすぎるのも怖い。叩けば機械は言う事を聞く、なんとでもなると思っているのが怖い。

 

5日前、ATMで出くわした50代ぐらいの男性。操作が上手くいかないのか、いきなり備え付けの電話を引きちぎる勢いで手に取り、受話器に向かって声を張り上げていた。隣のATMにいたのに、遠慮のないののしりが続く。一体何があったのか!?

 

最後は、「もうわかっていると思うが、これはクレームだから。クレーム、言っておく」と訳がわからないセリフを残して、出ていった・・・もう謎。

 

怒鳴り声は、周りに恐怖を与える。私はたまたま隣にいただけで全く関係ないのに、びくびく。突然この人暴れたらどうしよう!? 決して長い時間ではなかったが、とても損をした気分でしばらくブルーだった。

 

ふと思い出した。1か月ほど前、規模の大きい公立図書館に行った。PCで本の検索をしていた時、隣に70~80代の年配の男性が座った。検索を始めたが、どうもPCが使えないようだった。その男性は、やや離れていたカウンターにいた司書の女性を、自分は座ったままであごで呼び出し、クレームを言い始めた。誰でも使えるものを用意するのが公立図書館の役割だ、何度も操作しているのに動かない故障したものをそのまま客に使わせるのか、故障したものをそのまま置いているのか、公務員の仕事がそれでいいのか、もう、くどくど、くどくど、くどくど・・・。

 

司書の方が、なだめすかして、なんとかなりそうだったけれども、どうしても自分で検索したいようで、もう司書の方はつきっきり。上手く検索できて、隣の私も「ああ、よかった~」と思っていたら、突然また怒鳴り声。司書の方に、「検索、上手くやっていただいてます」と言われたことが気に食わなかったようで、年配の男性は、館内のフロアー全部に聞こえるぐらい大きな声で「うるさいっ、余計な事、言わんでよい」と司書の方を罵倒したのだ。

 

もう、見てられない。いたたまれない。これが、いわゆる「老害」なのか・・・ひょっとしたら、その萌芽は、50代ぐらいから !?

 

いわゆるいい歳の男性3人は、何に対して怒っていたのだろう。何かうまくいかなかったことを、「自分が恥をかかされた」とすり替えることによって、小っちゃなプライドを保とうとしているように見える。自分をこじらせてる。「てへへ」「あはははは」と笑って切り抜けられない年齢ということなのか。

 

「お金、入らへんなあ、なんでやろなあ」「ATM、うまくいかへんなあ、なんでやろな」「検索でけへんなあ、なんでやろなあ」自分のせいでも、機械のせいでもなく、「なんでかわからへん」でええんちゃう。いらだちをぶつけるのではなく、うまく逃すすべはある。

 

そもそも困っていたのだ。そんな時、もしかしたら「もう、あほやな」「しゃあないな」と言われるかもしれない。でも、優しく手伝ってもらえるほうが、物事はスムーズに解決する。賢いやり方なのだ。まして、お客の立場だったら、たいていは親切に接客してくれるはず。何も自分のミスで人を怒り散らす必要はないのだ。

 

自分の恥ずかしさをカモフラージュするやつあたりや怒りは見苦しいと肝に銘じておこう。

 

 

すぐ感情的になる人から傷つけられない本

すぐ感情的になる人から傷つけられない本

 

  

 

 

困った老人と上手につきあう方法 (宝島SUGOI文庫)

困った老人と上手につきあう方法 (宝島SUGOI文庫)