羽田圭介著「黒冷水」(こくれいすい)を読んでみました。
受賞作の「スクラップ・アンド・ビルド」が収められている文學会3月号は、入手困難です。高値がついています。今すぐ読むことは難しいので、8月6日に単行本発売予定ですので、それまで待ちます。
芥川賞候補となっていた作品にも著者にも注目をしたことはありませんでした。でも、受賞会見で俄然興味がわきました。17歳で鮮烈なデビューをした時の作品が「黒冷水」すぐに検索しました。
とにかく、早く読みたい。アマゾンでは、単行本10日から12日待たないといけない。文庫本も2週間後。あかん。今すぐ読みたいのだ、私は。エリアにある本屋さんに片っ端から電話。大手書店4つとも店頭在庫なし。5つ目ジュンク堂書店さんは「あります」とのこと。手に入れて、あっという間に読み終えました。
実は、題名をなんて読むのか、わかりませんでした。普通に音読みすればいいだけなんですけどね。再度、内容を。
(「BOOK」データベースより)
ー弟の修作は「プロのあさり屋」を自認している。兄正気の部屋で「見られたくないもの」を必死になってあさる。しかし、決してあさったことは知られないように完璧に行い、隠ぺいする。兄の秘密を知る優越感と兄に対する侮辱を何年も前から続けているー
ーー兄の正気はとっくに修作のあさりに気づいていた。弟修作に対して嫌悪感を持っている。それは、執拗に自分の部屋をあさる修作の行為、頭の程度の低さ、嗜好、容姿、どれをとっても「反吐が出るほど嫌い」だった。修作の「頭の中での思考と実際の行動のズレ」は麻薬中毒者と全く同じで「あさり中毒者の錯乱行動」が起きることを怖いと思っていたーー
ばかばかしいほど真剣にあさる修作の描写と、それを知りつつ、雑な仕事ぶりを心の中であざ笑う正気の姿が浮かんできます。ゆっくり、しかし、一気に読んでしまおうと、大人しか来ない静かな某有名スイーツのお店で、美味しいコーヒーゼリーを食しながらも、ついつい先を読みたくなって、食べるよりも、読んで、笑う、の繰り返し・・・。始めから全体の4/1まで、だいたい2,3頁に1回は声が出てしまうほど、笑えたんですけど…。
男子中高生にとって、この時期、誰にも見られたくない、知られたくないものがありますよね、きっと。自分の恥ずかしい部分は隠し通さなくてはならない。弱みを握られることは絶対に阻止しなければならない。もしも、自分の嗜好を一番知られたくない相手にバレたら、身の破滅…。
身内にはどうしても知られたくない。でも、たいていの場合は、見て見ぬふりをしながら、時には、知っているというサインを出しながら、大人になるのを待ちます。この兄弟は違った。お互いのこじれた感情を感じながら、憎悪は膨らみ、推測し、行動し、弱みをつかもうと攻防を繰り返します。
成長期にあるこの年齢の興味関心、特に、性に向かうことは、むしろ正常で、一般にはよくあることである…なんて、あくまでもわかったつもりでいます。生々しい実態は知らないのです。読み進めると、驚くほど私には詳細でした。笑うより、ちょっと気分が悪くなってくる。ああ、この先、こんな感じが続くのか!?嫌だな、気持ち悪いな、馬鹿だな、勘弁してください…。男子諸君にとっては、なんてことない、大きくうなづくシーンの連続だろうと思います。
修作の蛮行はエスカレートしていきます。正気もそれに負けないように対抗します。もう、バイオレンス。血を見ます。ああ、ああ、もう、えぐいし…。読むのがつらくなってきた。殺意の芽生え…、もうやめてよって私が言いたい。
正気、修作、母、父という家族に、青野という中学生が主な登場人物です。青野は正気にとって、理想の弟像だったかもしれません。その青野は、正気に何をもたらすのか。青野の粘着性が怖い。
冷たいものはやがて心臓に穴を開けた。
その冷たいもの…の表現が続いたあと、正気は「黒冷水」という言葉を思い浮かべます。別の場面では、
鋭利な黒さを秘めているもの
と書かれています。
冷たく、黒く、でも決してドロドロしているわけではありません。むしろ、さらさらとして澄んでいる…正気の心臓をひたひたと満たしていく黒冷水。
麻薬中毒者となった修作。正気の耳にはラジオから流れる幼い頃に流行った曲が聞こえていました。これがですね、ちょっと別の意味で驚くのですが、「今から一緒に これから一緒に 殴りに行こうか」この歌・・・。正気はこの歌で目を醒まします。
そうだ、殴りに行けばよいのだ
小説は、正気が自らの思考から解放され、修作との関係修復に向かう描写で終わります。
《完》
よかった。初めから、最後の最後まで、一度も兄弟の明るい未来はなかったけど、本当の最後に正気の気づきが救いになった。よかった。次のページはあとがきだな。
えっ・・・・・・。黒冷水・・・だ。
入れ子のような小説。長いイントロダクションで、へとへとになった読者に、ほんの少し安堵を与え、ほんとはここからが現実なんだよ…読んでみなきゃわからないぜ!?と言われているようです。
17歳という年齢の、遺憾なくその才能を披露した小説でした。