ちょっとナオ帳

なんだかまた書きたくなりました。それだけです。

文学青年

文学青年は空気が読める!?

純文学を読んでいる人は共感力やEQが高いという調査結果                         〈MSNニュース〉より

・ネットでMSNニュースを見ていたら、米紙ニューヨークタイムズの記事を紹介していました。

 

・最近「文学青年」って言葉、いや最近じゃないです。もうずーっと、死語じゃないかなと思えるほど、私は使ったことがありません。おそらく、記事にもあったように、純文学、文藝小説を読んでいる青年を「文学青年」と定義するならば、日本では「文豪」や「芥川賞」などの作品を好んで読んでいる青年ということになるかなあ。

 

広辞苑より:「【文学青年】文学を愛好し作家を志望する青年。また、文学好きを気取る青年を軽んじていう。」同じように、【文学少女】???広辞苑にはありませんでした。なぜでしょう?

 

・最近、若者のコミュ力(りょく)」について話題になっています。もしかして、若者って、主に青年のことを指しているのではなかろうか、と思ってしまいました。記事には「大事なデートや会議のある時に、小説を読んでから行ってみてください」と。そしたら「意思疎通がスムーズにいくのだそう」です。

 

・「傍線部①について、その時の主人公の心情を〇〇字以内で答えよ。」(私もよく問題にしていました)この問いは現代文の定番でありながら、なかなか攻略できず、高校時代に苦手だった方も多いかもしれませんね(特に男子かな)。つまり、よく国語の授業で先生から聞かされた方も多いだろう、お決まりのあれ、『行間を読む』ってことです。広辞苑より:「慣【行間を読む】文字面に現れていない筆者の真意などをくみとる」

 

・このような問いの対処法:そう難しいことではなくて、「なんでそんな行動をするの?」「なぜそんな表情してるの?」「どうしてそんなこと言うの?」と、読み手が登場人物に近寄っていくことだと私は説明していました。「なんでや!?」と突っ込むことです。そうしたら「こうやったさかい、こうしてん」と読めるようになってきます。小説は、今読んでいるところが分からなくなったら、すぐ前のページを読み返すことができます。でも、実際の生活の場面では瞬間瞬間の空気を読まないとね…読むことに必死なのも疲れますけどね。

 

・小説も大事な会議もデートも、相手に近寄る、つまりもっと知りたいと思うだけでもコミュ力UP?いやいや、適度な距離感がとれないと、これもコミュ力無しだし…。とりあえず、もう一度、教科書の定番、「夏目漱石」や「太宰治」を読んではいかがでしょう。

 

 

飲みの席には這ってでも行け! 人づき合いが苦手な人のための「コミュ力」の身につけ方
 

 

 

人間失格 (集英社文庫)

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吾輩は猫である (新潮文庫)

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