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ちょっとナオ帳

なんだかまた書きたくなりました。それだけです。

「デート~恋とはどんなものかしら~」に悩まされています。第2話

1月26日第2回放送

第1話、評判も上々のようです。★5つ。

 


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第2話もテンポとんとんとーんと進んで行きました。「高等遊民」ということばが話題にもなっているようです。

 


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そもそも「高等遊民」とは、明治時代から昭和初期の近代戦前期にかけて多く使われた言葉で、大学等の高等教育機関で教育を受けていながらも、経済的に不自由がないために、読書などをして過ごしている人のこと。

高等遊民」は生産的な活動をせず、巧が本を読んで過ごしているように、己の興味のある分野を追い求める。夏目漱石作品にも用いられており、「それから」の長井代助、「こゝろ」の先生などが例。川端康成の「雪国」の主人公もそれにあたり、文学のテーマとしてもしばしば取り上げられていた時代があった。

 

 

高等遊民」ということばで説明される小説の主人公たちは学歴難民(高学歴 ワーキングプア)ともニートともちょっとニュアンスが違います。

 

小説が描かれた時代の大卒はほぼ帝大=東大で、ほんのわずかな人しかいない超エリートです。本来なら国を背負い、その知識をもって存分に社会で活躍することでができるポジションが約束されていました。

 

明治の「高等遊民」は、帝大を出ながらその能力を社会で発揮することなく、それなりに裕福な暮らしの中で「したいようにしている」人でした。無理して働く必要がないのです。ただ、彼らは何かしらの心の闇を抱えていました。それは働く尊さや人に必要とされる喜び、人を信じる心、ひいては自分自身を慈しむ気持ちを一切打ち消すぐらい深いものです。人間像としては「生きていく」のに必死やあからさまな志は描かれず、どちらかといえば、優しく静か…怒りやくどさとも無縁です。心が揺れ動かないとも言えます。

  

巧さんは「高等遊民」か!?

 

①ハセヒロさんが演じる巧さん、母親(風吹ジュンさん)は筋金入りのニートと言っていますが、巧さんの環境は明るい。兄妹2人のお友達やお母さんの理解があって、男子アラサーからアラフォーに向かう引きこもりニートのイメージが湿っぽくありません。つまり、巧さんにはどんな巧さんでも理解してくれる人がいます。

 

②巧さんは、小説を書くわけでもなく、読んでいるわけでもありません。(読んでいるのは漫画で漫画家になりたいわけでもありません)行動や考えに「自分」がなく、何かあれば、先人の名言をぽんぽん口に出すことで納得しようとします。つまり、巧さんには自分の意思というものがあまりないのです。逆に、拘りがなく、難しい人ではありません。

 

③巧さんは結婚は契約といいつつ、契約の意味がわかっていません。自分の「寄生」する相手を親から依子さん(杏さん)に変えようとしているだけですね。パラサイト・シングルからパラサイト夫になりたいと願っています。つまり、巧さんは"ひも"ってことです。

 

巧さんは「高等遊民」ではなさそうですが、高尚なことばだと理解しています。

「職業は?」「高等遊民です!」と言えるのは、「高等遊民」がもはや一般に認知されていないからですよね。明治だったら、世間体的に「いかがなものかしら…」なのですよ、巧さん。

 

第3話で巧さんの過去が少しわかるかも。期待します。

 

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