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ちょっとナオ帳

なんだかまた書きたくなりました。それだけです。

大学は出たけれど


大学は出たけれど(短縮版) その一 - YouTube

新世代が解く! ニッポンジレンマ ”救国”の大学論

・9月29日(日)0時から放送のEテレの番組です。録画をしておいたので、10月になってから何度か見ました。

 

・国語の授業で、LHRで、あるいは大学入試(AO、プレゼン、模擬授業、小論文、集団面接等)対策として、以前からよく録画を用いて補足していました。しかし、本当のねらいは、「即〇〇に活かす」「直接入試に役立つ」ためだけではなく、少し揺さぶって「本当だろうか?」「正解はあるのか?」と疑問や意見を持ってもらうことでした。

 

・職を離れた今でも、番組表を見ては、せっせと録画をしています。この番組のMCがNHKの青木アナウンサー(81年生まれ)と社会学者の古市憲寿さん(85年)。ゲストは3人。松田悠介さん(83 年)、北川拓也さん(85年)、税所篤快さん(89年)。それぞれが、現在の日本の「大学生」の一般とはやや異なった経歴から、いくつかのテーマにそって議論が進んでいきました。

 

”救国”の大学論が今日のテーマ。国難を救うために、日本の大学が果たす役割とは何でしょうか?大学はどのような存在となればよいのでしょうか?1番目の小テーマは「大学の就活予備校化

 

・番組の冒頭は「大学は出たけれど」という昔の映画で始まりました。(You Tubeに番組で使用された映画の一部がUPされていたので貼り付けました)1929年(昭和4年)に公開された映画です。主人公は就活中、ある会社で、欠員はないが受付なら雇ってもよいと意に染まない仕事を告げられ、こう言います。

ーー「失礼ですが、僕は紹介状にある通り大学を卒業したんです」

昭和初期はそれ以前に比べて大学進学者が急増(参考:「大学・短期大学等の入学者数及び進学率の推移」)したことと、世界大恐慌の影響で、大卒の就職率は約30%だったそうです。「大学は出たけれど」ーー就職にあたって、新卒者の定義が変わった今をもとらえていることばだと思いました。

 

・日本の大学を出て、教師として社会人となり、アメリカの大学院へ進学した松田さん。アメリカの大学へ進み、大学院で博士号(理論物理学)を取得し、今は日本で仕事をしている北川さん。現在も日本の大学に在籍してNPO活動を続けている税所さん。(税所さんはほかのTVでも見たなあ)

 

・話が進む中で、私は北川さんから語られるいくつかのことばに示唆や共感を覚え、さらに北川さんがいきいきと話していらっしゃる様子から、かえってアメリカの大学の実力?を納得させられてしまったのでした。(キャッチーなことばは、また次回記事にしたいと思います)

 

・そんな中で、不思議だったのは、税所さんの告白。「僕、就活して全部だめだったんですよ」えっ!?シュウカツ?なぜ、就職?それこそはてなマークの連続。世界に出て、やりたいと思っていることに力を発揮している彼は、なぜ、会社勤めをしたいのでしょうか。瞬間、なぜか私の頭をよぎったのは、89年生まれ→「ゆとり世代」  ※これから世代や教育についても書こう( ..)φ

 

・「ゆとり世代」と言われる高校生も、その前の高校生も同じ。まだ何者でもない高校生は何者かになろうとして進路を選択していました。人生において「第1希望」が叶い、思い通りに生きられる人はほんの一握り。たまたまその時は第2希望、第3希望…第10希望になった。(もちろんそのようになった原因があるかもしれませんが)希望が叶わず、打ちひしがれるかもしれない。でも、その場は、次の選択や次の「第1希望」が生まれてきた時に叶えられるように、力をつけていく場であることを忘れないでほしいーー進路指導をしていたときに思っていたことです。            

 

・今日、カウンターを張り付けました。ブログ初心者で一つずつ技を身につけているところです。最初に読者になってくださった方、スターを押してくださった方、ありがとうございます。とてもうれしく、次の記事を書く励みになりました。

今後もよろしくお願いします。

 

ニッポンのジレンマ ぼくらの日本改造論 (朝日新書)

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